コラム

2026/02/20 コラム

【弁護士解説】発信者情報開示請求が失敗するケースとその理由

インターネット上の誹謗中傷に対して、投稿者を特定する「発信者情報開示請求」は、被害回復のための強力な手段です。2022年の法改正により手続きが迅速化され、特定に至るケースは以前よりも増えています。

しかし、残念ながら「100%必ず特定できる」というわけではありません。

弁護士に依頼し、高額な費用と時間をかけたにもかかわらず、「犯人が特定できなかった」「開示が認められなかった」という結果に終わってしまうケースも現実に存在します。

被害に遭われた方にとって、これほど悔しいことはないでしょう。だからこそ、手続きを始める前に「どのようなケースで失敗するのか」「リスクはどこにあるのか」を正しく理解しておくことが重要です。

本記事では、発信者情報開示請求が失敗してしまう主なパターンとその理由について、ネットトラブル案件を扱ってきた弁護士が、実務的な観点から解説します。

発信者情報開示請求における「失敗」とは?

まず、この手続きにおける「失敗」には、大きく分けて3つのパターンがあります。

  1. 物理的・技術的な失敗:ログが消えている、技術的に追跡できないなど、物理的に特定が不可能な場合。
  2. 法的な失敗:裁判所が「権利侵害がない」と判断し、開示命令が出なかった場合。
  3. 実質的な失敗(費用倒れ):特定はできたが、相手に支払い能力がないなど、最終的な目的(損害賠償)が達成できない場合。

それぞれのパターンについて、具体的な「失敗事例」とその理由を見ていきましょう。

【理由その1】「時間の壁」による失敗(ログ保存期間の経過)

開示請求が失敗する最大の要因は、「タイムオーバー(時間切れ)」です。

インターネットの通信記録(アクセスログ)は永遠に残るものではなく、一定期間が過ぎると自動的に削除されてしまうからです。

通信会社(プロバイダ)のログ保存期間

投稿者を特定するためには、投稿に使われたIPアドレスを割り当てていた通信会社(ドコモ、au、ソフトバンク、OCNなど)のログが必要です。しかし、この保存期間は非常に短く設定されています。

  • 携帯キャリア(モバイル回線):およそ3ヶ月
  • 固定回線プロバイダ:およそ3ヶ月〜6ヶ月

この期間内に「裁判所からの命令」や「ログ保存の要請」がプロバイダに届かなければ、ログは消滅します。

「悩んでいるうちに1ヶ月経ってしまった」「自分でやろうとして手続きに不備があり、再提出している間に時間が過ぎた」というケースでは、いざ弁護士が介入しても手遅れになっていることが少なくありません。

ログイン型SNSの落とし穴

X(旧Twitter)やInstagramなどのログイン型サービスでは、投稿時のIPアドレスが保存されていないことが多く、代わりに「ログイン時のIPアドレス」を辿る必要があります。

しかし、このログイン情報の保存期間もサイトによってまちまちであり、長期間ログインしっぱなしのアカウントなどでは、有効なログが見つからない(最後のログインが数ヶ月前だった)というケースもあり得ます。

【理由その2】「法的な壁」による失敗(権利侵害の否定)

次に多いのが、裁判所が「開示する必要なし」と判断するケースです。

被害者がどれほど「傷ついた」「許せない」と感じていても、法的な要件(権利侵害の明白性)を満たしていなければ、開示請求は棄却されます。

1)「受忍限度」を超えていない(侮辱・プライバシー)

誹謗中傷のすべてが違法となるわけではありません。

例えば、「あの店のラーメンは美味しくない」「店員の愛想が悪い」といった個人の感想や、多少乱暴な言葉遣いであっても、社会通念上許容される範囲(受忍限度内)と判断されれば、違法性は否定されます。

特に「バカ」「アホ」といった単なる罵倒(侮辱)の場合、表現の自由との兼ね合いから、裁判官によって判断が分かれることがあり、必ずしも開示が認められるとは限りません。

2)「真実性・公益性」による違法性阻却(名誉毀損)

企業や病院、店舗などの口コミにおいて、「事実を書いただけなのに訴えられた」というケースです。

書かれた内容が事実であり、かつ公共の利害に関わる場合(公益性・公共性)、名誉毀損は成立しません。

例えば、「残業代が支払われていない」という書き込みに対し、実際に未払いがあった場合、裁判所は「真実に基づいた公益的な告発である」として、開示請求を棄却する可能性が高いです。

3)同定可能性がない

書き込みの内容から、「誰のことを指しているのか」が第三者に伝わらない場合です。

イニシャルや伏せ字を使っていても、前後の文脈から特定できれば問題ありませんが、完全に誰のことか分からないような書き込みや、被害者が自意識過剰に反応しているだけと見なされる場合は、権利侵害が認められません。

【理由その3】「技術・環境の壁」による失敗

インターネットの接続環境によっては、特定が極めて困難、あるいは不可能なケースがあります。

1)公衆無線LAN(フリーWi-Fi)からの投稿

カフェ、ホテル、駅、コンビニなどのフリーWi-Fiを利用して投稿された場合、特定は非常に難しくなります。

開示請求で判明するのは「その施設のWi-Fiルーターに割り当てられたIPアドレス」までです。つまり、「〇〇カフェのWi-Fiから投稿された」ことまでは分かりますが、「その時店内にいた誰が投稿したか」までは、通信ログからは分かりません。

防犯カメラの映像と照合する方法もありますが、保存期間の問題や、警察の介入がない限り映像の開示に応じてもらえないなどのハードルがあり、民事手続きだけで個人を特定するのは現実的に困難なケースが多いです。

2)海外プロバイダ・匿名化ツール(Tor等)の利用

Tor(トーア)」などの通信経路を匿名化するツールや、ログを保存しない方針(ノーログポリシー)を掲げる海外のVPNサービスを経由して投稿された場合、技術的に追跡が遮断され、発信元に辿り着けないことがあります。

高度なネットリテラシーを持つ加害者が、意図的にこれらの手段を使っている場合、特定は困難を極めます。

3MVNO(格安SIM)の一部

大手キャリアから回線を借りているMVNO(格安SIM事業者)の場合、IPアドレスの割り当て記録が複雑で、特定に時間がかかったり、ログの保存状況が不十分だったりすることがあります。ただし、近年は法改正や総務省のガイドラインにより改善されつつあります。

【理由その4】手続き上のミスや証拠不十分

弁護士に依頼せず、被害者自身で手続きを行おうとした場合に多い失敗パターンです。

1)証拠の不備(URLの欠落)

最も初歩的かつ致命的なミスが、「URLが写っていないスクリーンショット」です。

裁判所やプロバイダは、膨大な通信記録の中から該当する一つを特定しなければなりません。そのためには、正確な「URL(アドレスバーの表示)」が必要です。

スマホアプリの画面をただ撮っただけでURLが分からない場合、証拠として採用されず、門前払いされる可能性があります。

2)対象の取り違え

「この投稿をしたのはAさんに違いない」と思い込み、Aさんに対して請求を行ったが、実際は別人が投稿していた、あるいはAさんがなりすまされていたというケースです。客観的なIPアドレス調査を経ずに憶測で動くと、失敗するだけでなく、逆に訴えられるリスクすらあります。

【理由その5】特定後の「実質的な失敗」

法的に開示が認められ、相手の住所氏名が判明したとしても、「損害賠償を受け取る」という最終目的が達成できない場合があります。

1)相手に支払い能力がない(無資力)

特定された相手が、無職で資産がない、多重債務者である、生活保護受給者であるといった場合です。

裁判で勝訴して「100万円支払え」という判決が出ても、相手にない袖は振れません。強制執行(差し押さえ)をしようにも、差し押さえる財産がなければ、事実上の回収不能となります。

この場合、弁護士費用だけがかかり、金銭的にはマイナス(費用倒れ)になってしまいます。

2)加害者が未成年者

SNS上の誹謗中傷は、中学生や高校生が行っているケースも少なくありません。

加害者が未成年の場合、本人に支払い能力がないことがほとんどです。親権者(親)に監督義務違反があれば親に請求できる可能性がありますが、ハードルはやや高くなります。

結果として、謝罪のみで終わらざるを得ないケースもあります。

3)海外在住者

加害者が海外に住んでいる場合、日本の裁判所の判決を執行するには複雑な手続きが必要となり、費用対効果の面で断念せざるを得ないことがあります。

発信者情報開示請求を成功させるために

ここまで「失敗する理由」ばかりを並べましたが、これらはあくまでリスクであり、すべてのケースで当てはまるわけではありません。

失敗のリスクを最小限に抑え、成功率を高めるためには、以下のポイントが重要です。

スピードが命!すぐに行動する

何よりも重要なのは「早さ」です。

書き込みを見つけたら、迷わずその日のうちに証拠(URL付きスクショ)を保存し、できるだけ早く弁護士に相談してください。

1週間後に相談しよう」ではなく、「今すぐ」動くことが、ログ消失を防ぐ唯一の方法です。

専門性の高い弁護士を選ぶ

ネット誹謗中傷の分野は、法律知識だけでなく、インターネットの仕組み(IPアドレス、タイムスタンプ、プロバイダの構造など)に関する高度な技術的知識が求められます。

通常の弁護士業務とは異なる専門性が要求されるため、「ITやネット問題に強い弁護士」を選ぶことが成功への近道です。

事前の見通し(シミュレーション)を行う

依頼する前に、弁護士に以下の点を確認してもらいましょう。

  • 「この書き込みは法的に権利侵害と言えるか?」
  • 「ログが残っている可能性はあるか?」
  • 「費用倒れになるリスクはどの程度あるか?」

誠実な弁護士であれば、無理な案件は「これは特定が難しい」「費用倒れのリスクが高い」と正直に伝えてくれるはずです。

まとめ

リスクを知った上で、最善の選択を

発信者情報開示請求が失敗する主な理由は以下の通りです。

  1. 時間切れ(ログ消失):相談が遅れた、手続きに手間取った。
  2. 権利侵害の否定:ただの悪口と判断された、事実の告発(公共性)だった。
  3. 技術的限界:フリーWi-FiTor、海外VPNなどの利用。
  4. 実質的失敗:相手にお金がない、未成年者だった。

これらのリスクはゼロにはできませんが、早期の対応と専門家のサポートによって、回避できる可能性は十分にあります。

弁護士法人長瀬総合法律事務所では、ネット誹謗中傷問題に特化したチームが、ご相談いただいた段階で「特定の可能性」や「法的見通し」を慎重に分析します。

もし特定が難しいと判断される場合は、無理に依頼を勧めることはありません。逆に、可能性がある場合は、一刻も早くログを保全するために迅速に行動します。

「特定できるか不安だ」「失敗したくない」とお考えの方は、まずは当事務所の初動調査・法律相談をご利用ください。あなたの状況に合わせた、リスクの少ない解決策をご提案いたします。


 

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