コラム

2025/09/20 コラム

未払い残業代を請求する全手順|計算方法・時効・必須証拠を弁護士が解説

はじめに

「毎日遅くまで働いているのに、残業代がきちんと支払われない」
「給与明細に『固定残業代』とあるが、それ以上働いても追加の支払いがない」

このような「サービス残業」は、労働者の正当な権利を侵害する違法行為です。残業代は、労働の対価として法的に保障されており、過去に遡って会社に請求することができます。しかし、実際に請求しようとしても、「どのように計算すればよいのか」「何から手をつければよいのか」と戸惑う方が多いのが実情です。

本記事では、未払い残業代を請求するための具体的な計算方法、不可欠な証拠、そして知らなければならない時効の制度について、網羅的かつ正確に解説します。

1. 未払い残業代の正確な計算方法

まず、ご自身の未払い残業代がいくらになるのか、正確な金額を把握することが第一歩です。計算は以下の3つのステップで行います。

ステップ1:1時間あたりの基礎賃金を算出する

残業代計算の基礎となる、ご自身の1時間あたりの賃金額を算出します。

計算式は以下の通りです。

1時間あたりの基礎賃金=1ヶ月の平均所定労働時間月給​

ここでいう「月給」とは、基本給に役職手当や資格手当などの諸手当を加えたものです。ただし、労働基準法施工規則第21条に基づき、家族手当、通勤手当、住宅手当といった、個人の事情に応じて支払われる性質の手当は、原則として基礎賃金の計算から除外されます。

1ヶ月の平均所定労働時間」は、以下の計算式で求められます。

1ヶ月の平均所定労働時間=12ヶ月(365日−年間休日日数)×1日の所定労働時間​

ステップ2:正しい割増率を適用する

法律で定められた労働時間(原則18時間・週40時間)を超えた労働や、深夜・休日の労働には、法律で定められた割増率を乗じて賃金を計算する必要があります。原稿の記載には、202341日から中小企業にも適用された重要な法改正が反映されていなかったため、以下のように正確な情報に更新します。

この法改正は、月60時間を超える時間外労働に対する割増賃金率に関するもので、これまで大企業にのみ適用されていた50%以上の割増率が、猶予期間の終了に伴い、202341日からは企業規模にかかわらず全ての中小企業にも適用されることになりました。この変更は、特に長時間労働が常態化している職場で働く労働者にとって、請求可能な残業代が大幅に増加する可能性があることを意味します。

以下に、適用されるべき正確な割増率を一覧表にまとめます。

【表1:残業代 割増賃金率一覧表】

労働の種類

割増率

法的根拠・備考

法定時間外労働

1.25 (25%以上)

18時間・週40時間を超える労働

60時間を超える時間外労働

1.50 (50%以上)

暦月で60時間を超えた部分。202341日より中小企業にも適用

深夜労働

1.25 (25%以上)

22時から翌5時までの労働

法定休日労働

1.35 (35%以上)

法律で定められた週1日の休日の労働

時間外労働 + 深夜労働

1.50 (50%以上)

1.25 (時間外) + 0.25 (深夜)

60時間超の時間外労働 + 深夜労働

1.75 (75%以上)

1.50 (60時間超) + 0.25 (深夜)

休日労働 + 深夜労働

1.60 (60%以上)

1.35 (休日) + 0.25 (深夜)

 

ステップ3:最終的な未払い残業代を計算する

ステップ1.11.2で算出した数値を用いて、最終的な請求額を計算します。

未払い残業代=1時間あたりの基礎賃金×割増率×残業時間数

この計算を、過去の給与明細と勤怠記録に基づき、給与支払期間ごとに行います。

2. 時効:権利を失う前に知るべき重要な期限

残業代を請求する権利は永久ではありません。「消滅時効」という法的な期限が存在します。この点を誤解していると、本来得られるはずだった権利を失うことになりかねません。

「二重構造」の消滅時効

202041日に施行された改正労働基準法により、賃金請求権の消滅時効は従来の2年から「当分の間3年」に延長されました。しかし、この新しい3年の時効が適用されるのは、給与支払日が202041日以降の賃金に限られます

つまり、給与支払日が2020331日以前の残業代については、依然として旧法の2年の時効が適用されるという「二重構造」になっています。この点は非常に重要であり、請求可能な期間を正確に把握するために不可欠な知識です。

時効は、毎月の給料日の翌日から個別に進行します。これは「ローリング(進行性)の期限」とも言え、何もしなければ、1ヶ月が経過するごとに、3年前(あるいは2年前)に請求できたはずの1ヶ月分の残業代が永久に消滅していくことを意味します。したがって、請求を決意したら1日でも早く行動を起こすことが、ご自身の金銭的利益を守る上で極めて重要です。

時効の進行を「一時停止」させる方法:催告の効力

時効完成が目前に迫っている場合でも、法的な手段でその進行を一時的に止めることが可能です。その最も一般的な方法が、内容証明郵便による請求書(催告書)の送付です。

催告を行うことで、相手方(会社)に請求書が到達した時点から6ヶ月間、時効の完成が猶予されます。この6ヶ月の間に、交渉や法的手続きの準備を進めることができます。内容証明郵便は、「いつ、どのような内容の請求をしたか」を郵便局が公的に証明してくれるため、「請求された覚えはない」といった会社の言い逃れを防ぐ効果もあります。

3. 請求の成否を分ける:不可欠な証拠の収集

残業代請求において最も重要なのは、「実際にどれくらいの時間、残業していたか」を客観的に証明する証拠です。会社側が「残業の指示はしていない」などと反論してきた場合に備え、以下の証拠をできるだけ多く、かつ計画的に収集することが成功の鍵となります。

1:客観性が高く強力な証拠(会社が作成・管理するもの)

  • タイムカード、勤怠システムの打刻データ
    コピーや写真で保全します。
  • 会社のPCの利用履歴
    ログイン・ログオフの記録は客観的な労働時間の証拠となります。
  • 業務メールや日報の送信履歴
    送信時刻が残っているものは、その時刻まで業務を行っていた証明になります。
  • 建物の入退館記録
    セキュリティカードの記録も有力です。

2:従業員作成だが検証可能な証拠(強力な裏付けとなるもの)

  • 上司への残業指示・報告メール、チャット履歴
    業務命令の存在を証明します。
  • GPSの位置情報アプリの記録
    オフィスにいた時間を示します。
  • 交通系ICカードの利用履歴
    駅の入場時刻から退勤時刻を推認できます。

3:個人的・状況的な記録(他の証拠を補強するもの)

  • 家族への「今から帰る」といったメッセージ
    退勤時刻の参考になります。
  • 手書きの詳細な勤怠メモ
    日々の業務内容と共に始業・終業時刻、休憩時間を記録したものは、他の証拠と組み合わせることで信用性が高まります。

時効期間の延長に伴い、企業は賃金台帳等の関連書類を以前より長期間保存する義務を負うことになりました。これは、労働者が弁護士を通じて証拠開示を求めた際に、会社側が「記録は破棄した」と主張しにくくなったことを意味します。専門家である弁護士に依頼することで、こうした企業の法的義務を背景に、有利に証拠収集を進めることが可能になります。

4. 法的手続きの段階:交渉から裁判へ

証拠が揃い、請求額の計算が完了したら、法的な手続きへと進みます。プロセスは通常、以下の段階で進行します。

  1. 交渉
    弁護士が代理人となり、内容証明郵便で請求書を送付し、会社側と支払いに向けた交渉を開始します。
  2. 労働審判
    交渉が決裂した場合、原則3回以内の期日で迅速な解決を目指す裁判所の手続きである「労働審判」を申し立てます。
  3. 訴訟
    労働審判の結果に不服がある場合や、より複雑な事案では、最終的に「訴訟(裁判)」を提起して、司法の判断を仰ぎます。

まとめ

未払い残業代の請求は、労働者に与えられた正当な権利です。しかし、正確な法律知識に基づいた計算、抜け目のない証拠収集、そして精神的負担の大きい会社との交渉や法的手続きを、ご自身一人で行うことは極めて困難です。

労働問題に精通した弁護士は、複雑な計算から証拠収集のアドバイス、会社との交渉、そして労働審判や訴訟に至るまで、全てのプロセスをあなたの代理人として遂行します。大切な権利が時効によって日々失われてしまう前に、ぜひ一度、弁護士法人長瀬総合法律事務所にご相談ください。


 

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