コラム

2025/10/14 コラム

試用期間中の解雇は不当か?「お試し」ではない法的意味と対処法 

はじめに

日本で最も誤解されている雇用慣行「試用期間」

「試用期間中だから、能力が低いと判断されれば解雇されても仕方ない」
「まだ本採用ではないのだから、会社が自由に解雇できるのは当然だ」

会社側だけでなく、驚くほど多くの労働者の方が、このように「試用期間」を誤解しています。しかし、これは法的には完全な間違いです。試用期間は、企業が従業員を自由に品定めし、気に入らなければ一方的に契約を打ち切れる「お試し期間」では断じてありません。

試用期間付きで雇用されたその日から、あなたは会社の従業員であり、労働契約法によってその地位は手厚く保護されています。「試用期間であること」を理由とした安易な解雇は、違法な「不当解雇」として無効になる可能性が極めて高いのです。

本稿では、試用期間中の解雇が法的にどのように扱われるのか、その厳格なルールをご説明するとともに、もし不当に解雇を告げられた場合に、ご自身の権利を守るために何をすべきかを具体的に解説します。

試用期間の法的な正体:「解約権留保付労働契約」

まず、試用期間という制度の法的な本質を正確に理解することが不可欠です。法律上、試用期間付きの労働契約は「解約権留保付労働契約(かいやくけんりゅうほつきろうどうけいやく)」と解釈されています。

これは、非常に重要な概念なので、丁寧に分解して説明します。

  • 「労働契約」はすでに成立している
    試用期間が始まった時点で、会社とあなたの間には、期間の定めのない正式な労働契約が法的に成立しています。あなたはアルバイトやインターンではなく、正真正銘の従業員です。
  • 「解約権」が「留保」されている
    ただし、その契約には特殊な条件が付いています。それは、「試用期間中に、採用選考の段階では発見することが客観的に困難であったような、従業員としての適格性を欠く重大な問題点が判明した場合に限り、会社は労働契約を解約(=解雇)することができる」という、限定的な権利(解約権)が会社側に「留保(とっておかれている)」されている、という意味です。

この解釈を確立したのが、最高裁判所の著名な判例である三菱樹脂事件です。この判決により、試用期間中の解雇(本採用拒否)は、通常の解雇よりもやや広い範囲で認められる余地はあるものの、それはあくまで留保された解約権の行使であり、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当と是認できる場合にのみ許される、という厳格な法的枠組みが確立されました。

したがって、何らの問題もなければ、試用期間の終了後は自動的に本採用に移行することが大前提であり、会社が労働者を「お試し」で使って自由に選別できる期間ではないのです。

解雇の有効性を判断する絶対的基準:「解雇権濫用法理」

日本の労働法において、すべての解雇の有効性は、「解雇権濫用法理」という原則によって判断されます。これは労働契約法第16条に明記されており、試用期間中の解雇にも当然に適用されます。

労働契約法 第十六条

解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。

この条文は、解雇が有効とされるためには、以下の二つの要件を両方とも満たさなければならないことを示しています。

  1. 客観的に合理的な理由があること
    誰が見ても「なるほど、これでは解雇もやむを得ない」と納得できるような、具体的で正当な理由が必要です。会社の主観や、上司の個人的な感情は理由になりません。
  2. 社会通念上相当であること
    その理由に対して、「解雇」という最も重い処分を科すことが、社会の常識に照らして妥当であるか、というバランスの問題です。例えば、一度の遅刻で即日解雇するのは、理由があったとしても処分が重すぎて「相当性」を欠き、無効となります。

試用期間中の解雇では、この二つの要件が、前述の「解約権留保付労働契約」の趣旨に照らして判断されます。つまり、「採用時には知り得なかった、従業員としての適格性を欠く重大な事実が判明し、それをもって本採用に進まない(解雇する)ことが、客観的に見て合理的であり、社会の常識からしても仕方がない」と認められる場合に限り、解雇は有効となるのです。 

有効な解雇 vs 無効な解雇:判例が示す具体的な境界線

では、具体的にどのような理由が「有効」または「無効」と判断されるのでしょうか。過去の裁判例は、その境界線を明確に示しています。

「無効」と判断される可能性が高い解雇理由

多くの会社が安易に解雇理由として挙げがちですが、裁判所ではほとんど認められないのが以下のケースです。

  • 抽象的な「能力不足」
    「期待していたレベルの能力に達していない」「仕事の覚えが悪い」といった理由は、それだけでは解雇理由として不十分です。試用期間は、そもそも従業員が業務に慣れ、能力を向上させるための教育・指導期間でもあります。会社には、具体的な指導や研修、改善の機会を与える義務があります。十分な指導を行わないまま、短期間で見切りをつけて解雇することは、会社の教育責任の放棄と見なされ、無効とされる可能性が高いです。判例でも、わずか3ヶ月程度の営業成績不振を理由とした解雇を「性急にすぎる」として無効としたものがあります。
  • 軽微な「勤務態度の不良」
    数回の遅刻や、業務上の些細なミスは、解雇の理由にはなりません。これらはまず、注意や指導によって改善を促すべき事柄です。改善の機会を与えず、また、他の従業員であれば口頭注意で済むようなミスを理由に解雇することは、処分のバランスを欠き、「社会通念上の相当性」がないと判断されます。
  • 主観的な「協調性の欠如」
    「社風に合わない」「上司と相性が悪い」「コミュニケーションが下手」といった、客観的な基準に基づかない主観的な評価は、解雇理由として認められません。これらは採用選考の段階で判断すべきことであり、個人の性格や価値観を理由に雇用を奪うことは許されません。
  • 研修成績の不良
    研修の成績が悪いからといって、それが直ちに実務への不適格を示すものではありません。研修はあくまで訓練の過程であり、その結果のみをもって解雇することは、合理的な理由とは言えないでしょう。

「有効」と判断されうる限定的なケース

一方で、試用期間中の解雇が正当と認められるのは、以下のような、従業員側に重大な問題があり、今後の改善も期待できない、極めて限定的な場合に限られます。

  • 重大な経歴詐称
    学歴や職歴、専門スキル、重要な資格などについて、採用の判断に決定的な影響を与えるような重大な嘘をついていたことが発覚した場合です。ただし、些細な詐称(例えば、アルバイト歴を少し長く書いた等)では、解雇理由として認められないこともあります。
  • 度重なる無断欠勤
    正当な理由なく無断欠勤を繰り返し、会社からの連絡にも応じないなど、労働契約の基本である労務提供の意思がないと判断される場合です。
  • 著しい非違行為や秩序違反
    職務上の地位を悪用した不正行為、同僚へのハラスメント、業務命令に対する執拗な拒否など、企業の秩序を著しく乱す行為があり、指導しても全く改善の見込みがない場合です。
  • 業務遂行が不可能な健康状態
    採用時に申告のなかった、あるいは予見できなかった重大な傷病により、予定されていた業務を遂行することが客観的に不可能であることが明らかになった場合です。

「本採用の拒否」という言葉の注意点

会社によっては、「解雇」という直接的な言葉を避け、「試用期間満了をもって、誠に残念ながら本採用は見送らせていただきます」といった形で通告してくることがあります。しかし、これは言葉の言い換えに過ぎません。労働者の意思に反して一方的に労働契約を終了させる行為である以上、法律上は「解雇」として扱われます。したがって、前述した解雇権濫用法理の厳格なルールが、名称に関わらず全く同じように適用されることを、強く認識しておく必要があります。

不当解雇を告げられたら:あなたの権利を守るための対応

もし、あなたが試用期間中の解雇に納得できない場合、その無効を主張し、会社と争うことができます。その際に請求できるものと、解雇を告げられた直後に取るべき行動は以下の通りです。

会社に対して請求できるもの

  • 従業員としての地位の確認
    解雇は無効であり、あなたは今もその会社の従業員であることを法的に確認する。
  • 解雇期間中の賃金(バックペイ)
    解雇されてから解決するまでの期間、働いていれば得られたはずの賃金の全額。
  • 慰謝料
    解雇の態様が悪質であったり、精神的に大きな苦痛を受けたりした場合に、賃金とは別に請求できることがあります。

今すぐやるべきこと

  1. その場で安易に同意しない
    「分かりました」と返事をしたり、退職届や退職合意書にサインしたりしてはいけません。一度同意してしまうと、後から「不当解雇だ」と争うことが困難になります。「考えさせてください」と伝え、その場を離れましょう。
  2. 「解雇理由証明書」を請求する
    会社に対して、解雇の具体的な理由を記載した書面(解雇理由証明書)の交付を請求してください。これは労働基準法で定められた労働者の権利です。会社は、あなたが請求すれば、これを交付する義務があります。この書面は、後の交渉や裁判において、会社が主張する解雇理由を確定させる重要な証拠となります。
  3. 証拠を確保する
    業務日報、メールのやり取り、上司からの指示内容、研修資料、ご自身の成果物など、勤務状況や会社の指導内容が分かるものを、可能な限り確保してください。
  4. すぐに弁護士に相談する
    不当解雇は、時間が経つほど証拠の確保が難しくなり、交渉も不利になります。解雇を告げられたら、できるだけ早く、労働問題に精通した弁護士に相談してください。

    まとめ

    「試用期間だから」という泣き寝入りは不要です

    「試用期間だから解雇されても仕方ない」という考えは、法律を知らない者のための言い訳に過ぎません。あなたは、入社したその日から、法律によって手厚く保護された労働者です。試用期間中の解雇は、本採用後の解雇と同じく、法律で厳しく制限されています。

    十分な指導や改善の機会も与えられず、曖昧で主観的な理由で一方的に解雇を告げられたのであれば、それは不当解雇である可能性が濃厚です。その場で承諾せず、まずは専門家である弁護士に相談し、ご自身の正当な権利と未来を守りましょう。


     

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