コラム

2025/10/15 コラム

内定取り消しは違法か?会社の責任を追及し損害賠償を請求する方法

はじめに

人生を揺るがす「内定」という約束の破棄

長い就職・転職活動の末に、ようやく勝ち取った「内定」。新しいキャリアへの期待、将来の生活設計への希望に胸を膨らませていた矢先、会社から一方的に内定を取り消されたら――その衝撃と絶望は計り知れず、人生計画そのものが根底から覆されてしまいます。

「まだ入社していないのだから、会社にも事情があるのだろう」と、泣き寝入りしてしまう方が少なくありません。しかし、それは法的に大きな間違いです。日本の法律では、安易な内定取り消しは「不当解雇」と同じであり、違法・無効と判断される可能性が非常に高いのです。

本稿では、なぜ内定取り消しが厳しく制限されるのか、その法的な根拠を判例を基に解き明かし、違法な取り消しに遭った場合に会社に請求できる損害賠償の具体的な内容と、その相場について、専門家の視点から解説します。

「内定」の法的効力

その時点で「労働契約」は成立している

内定取り消しの問題を理解する上で、最も重要かつ根幹となるポイントは、あなたが会社から「内定通知」を受け取り、それに対して「入社承諾書」などを提出した時点で、会社とあなたの間には、法的に有効な「労働契約」がすでに成立している、ということです。

これは、法律の専門用語で「始期付解約権留保付労働契約(しきつきかいやくけんりゅうほつきろうどうけいやく)」と呼ばれます。

  • 始期付(しきつき)
    労働契約の効力が発生する「始まりの時期」が、将来の特定の日(例:41日)に設定されている、という意味です。
  • 解約権留保付(かいやくけんりゅうほつき)
    会社側が、入社日までの間に、内定当時には知ることができなかったような、やむを得ない事由が発生した場合に限り、その労働契約を「解約する権利」を「留保(とっておいている)」、という意味です。

この法的解釈を確立したのが、日本の労働法の歴史において重要な最高裁判例、大日本印刷事件です。この判決によって、「内定」は単なる口約束や紳士協定ではなく、法的に保護されるべき契約関係であると明確に位置づけられました。

この判例がもたらした結論は、シンプルかつ強力です。

「内定取り消し」は、単なる約束の反故ではない。それは、すでに成立した労働契約の一方的な破棄、すなわち「解雇」に他ならないのです。

内定取り消しが「違法」となる境界線

内定取り消しが「解雇」と同じである以上、その有効性が認められるためには、通常の解雇と同様、労働契約法第16条が定める「解雇権濫用法理」の厳しい基準をクリアしなければなりません。つまり、取り消しが有効と認められるのは、「客観的に合理的で、社会通念上相当と認められる、やむを得ない理由」がある場合に、厳格に限定されるのです。

違法(無効)と判断される可能性が高い理由

業績の悪化・経営不振

これは、内定取り消しの理由として最も頻繁に挙げられますが、これだけでは正当な理由にはなりません。会社の経営上の理由による解雇(整理解雇)が認められるためには、判例上、極めて厳しい4つの要件(人員削減の必要性、解雇回避努力、人選の合理性、手続きの相当性)を満たす必要があります。内定取り消しにおいても、この厳しい基準が類推適用されると考えられています。したがって、リーマンショック級の、採用時には全く予測不可能であった急激な経営環境の悪化があり、役員報酬のカットや希望退職者の募集など、あらゆる人員削減努力を尽くしてもなお、内定者の受け入れが会社の存続を危うくする、といった極めて例外的な状況でなければ、認められることは困難です。

入社後の配属先がなくなった

これは完全に会社の経営判断や組織変更の都合であり、応募者には何ら責任のない事柄です。このような理由での取り消しは、正当化されません。

「社風に合わない」と感じた

採用選考の過程で判断すべきことであり、内定を出した後にこのような主観的な理由で取り消すことは許されません。大日本印刷事件でも、内定者の印象が「グルーミー(陰気)」であるという理由は、解約権の濫用であると断じられています。

有効と判断される可能性がある理由

内定取り消しが正当化されるのは、その原因が応募者側にあり、かつ、それが内定当時には知り得なかった重大な事実である場合です

  • 重大な経歴詐称
    応募書類に記載された学歴や職歴、資格などに、採用の前提を覆すような重大な虚偽があったことが判明した場合。
  • 卒業単位不足
    新卒採用において、内定者が留年などにより、入社予定日までに大学を卒業できなかった場合。
  • 犯罪行為
    内定期間中に、内定者が逮捕・起訴されるなど、社会人としての適格性を著しく欠く行為があった場合。
  • 健康状態の著しい悪化
    内定後に発生した病気や怪我により、当初予定されていた業務を遂行することが客観的に困難な状態になった場合。

このように、会社の都合による取り消しは原則として認められず、応募者側の予期せぬ重大な問題が発生した場合にのみ、例外的に有効性が認められる可能性があるのです。

会社の責任を問う:請求できる損害賠償の概要

違法な内定取り消しによって受けた損害は、会社に対して金銭で賠償するよう請求することができます。請求できる損害は、主に以下の3つに分類されます。

賃金相当額(逸失利益)

もし内定が取り消されなければ、勤務開始予定日から得られたはずの給与です。この損害は、内定取り消しをめぐる問題が解決するか、あるいはあなたが別の会社に就職するまでの期間について請求することができます。例えば、月給30万円で内定を得ていた方が、取り消し後、半年間就職できなかった場合、30万円 × 6ヶ月 = 180万円を基準として請求していくことになります。

慰謝料(精神的損害)

内定を信じたことで他の企業への就職機会を逸し、精神的に多大な苦痛を受け、将来設計を根底から覆されたことに対する賠償です。慰謝料の金額は、事案の悪質性や、あなたが受けた不利益の大きさによって変動します。

裁判になった場合の慰謝料の相場は、一般的に50万円~100万円程度とされています。

しかし、これはあくまで一般的なケースであり、個別の事情によっては、これを上回る金額が認められることもあり得ます。特に、すでに前職を退職してしまっていた転職者のケースでは、失業による経済的・精神的打撃がより大きいと評価され、高額な慰謝料が認められる傾向にあります。

  • プロトコーポレーション事件(東京地裁):内定取り消しにより約7ヶ月半失業状態となったケースで、165万円の慰謝料が認められました。
  • インターネット総合研究所事件(東京地裁):内定取り消し後、幸いにも前職に復職できたものの、キャリアに傷がついたことなどが考慮され、300万円という高額な慰謝料が認められました。

これらの裁判例は、内定取り消しの違法性が、個々の事情に応じていかに深刻な損害と評価されるかを示しています。

諸費用(信頼利益の損害)

内定を前提として行動した結果、実際に発生した費用も損害として請求できる場合があります。

具体的には、以下のような費用が考えられます。

  • 入社のために遠方から引っ越した場合の費用(敷金・礼金、引越代など)
  • 新生活のために購入した家具・家電の代金
  • 通勤用に購入した定期券代など

内定を取り消されたら:最初に行うべき3つの行動

もし会社から内定取り消しの連絡を受けたら、動揺するお気持ちは察しますが、冷静に、そして毅然と対応することが、あなたの権利を守る上で重要です。

その場で安易に承諾しない

電話や面談で「分かりました」「仕方ないですね」といった言葉を発したり、補償金などと引き換えに「本件については一切異議を申し立てません」といった内容の合意書にサインしたりすることは、絶対にしてはいけません。一度承諾の意思を示してしまうと、後からその効力を覆すことは非常に難しくなります。「突然のことで、すぐにはお返事できません。書面で理由をいただいた上で、検討させてください」と伝え、時間的猶予を確保してください。

取り消し理由を明記した書面を要求する

口頭での説明だけでなく、必ず「内定取消通知書」などの書面で、具体的な取り消し理由を明示するよう強く求めてください。これは後の交渉や裁判において、「会社が主張する取り消し理由が正当なものか」を判断する上で、決定的に重要な証拠となります。会社が書面の交付を渋る場合、それ自体が、やましい理由であることを示唆しているとも言えます。

すべての証拠を保管する

会社から送られてきた内定通知書、メール、あなたが提出した入社承諾書のコピーなど、労働契約が成立していたことを証明するすべての書類を手元に確保してください。

これらの初動対応を終えたら、一刻も早く、労働問題に精通した弁護士に相談してください。

まとめ:あなたの未来は、法律で守られている

会社の一方的な都合による内定取り消しは、あなたの人生を軽んじる、法的に許されない「不当解雇」です。それによってあなたが受けた経済的な不利益と、将来への希望を打ち砕かれた精神的苦痛は、決して看過されるべきではありません。

「まだ入社前だから」と泣き寝入りする必要はありません。あなたの未来と尊厳を守るために、法律はあなたの側にあります。勇気を出して、専門家である弁護士の扉を叩いてください。


 

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