コラム

2026/01/23 コラム

ネット誹謗中傷における損害賠償請求の全体像

はじめに

インターネット上の書き込みに対して損害賠償を請求するためには、その書き込みが「不法行為(民法709条)」に該当する必要があります。単に「不快だ」「傷ついた」という主観的な理由だけでは、法的な責任を問うことは困難です。

具体的には、相手の投稿が他人の権利を違法に侵害していることを立証しなければなりません。ネット誹謗中傷において問題となる主な権利侵害は、以下の3つに大別されます。

  1. 名誉毀損(めいよきそん):公然と事実を摘示し、社会的評価を低下させる行為
  2. 侮辱(ぶじょく):事実を摘示せず、相手を罵倒して評価を低下させる行為
  3. プライバシー侵害:私生活上の事実や秘密を無断で公開する行為

それぞれの侵害類型によって、認められる慰謝料の相場(裁判上の基準)は異なります。また、被害者が個人か法人(企業)かによっても金額に差が生じます。

以下、それぞれの類型について詳しく見ていきましょう。

解説

名誉毀損の慰謝料相場と成立要件

ネット誹謗中傷のご相談で最も多いのが「名誉毀損」です。

名誉毀損が成立する要件

名誉毀損とは、以下の3つの要件を満たす場合に成立します。

  • 公然性:不特定または多数の人が認識できる状態であること(ネット上の書き込みは原則としてこれを満たします)。
  • 事実の摘示:具体的な事柄(真実か嘘かを問わず)を挙げていること。
  • 社会的評価の低下:その書き込みによって、世間一般からの評価が下がる可能性があること。

例えば、「Aさんは会社の金を横領している」「B店は賞味期限切れの食材を使っている」といった書き込みは、具体的な事実を示して相手の信用を傷つけているため、名誉毀損に該当する可能性が高いです。なお、書かれた内容が真実であっても、公益性などの正当な理由がない限り、名誉毀損は成立します。

個人の場合の慰謝料相場

被害者が個人の場合、名誉毀損の慰謝料相場は、およそ10万円から50万円程度が一般的です。

「思ったより安い」と感じられるかもしれませんが、日本の裁判実務における精神的苦痛への賠償額は、欧米に比べて低額に抑えられる傾向にあります。

ただし、以下のような事情がある場合は、50万円を超え、100万円〜200万円程度の高額な慰謝料が認められるケースもあります。

  • 虚偽の内容が悪質である場合(例:犯罪者扱いするなど)
  • 執拗に繰り返されている場合
  • 拡散力が極めて高い場合(有名インフルエンサーによる投稿など)
  • 被害者が精神疾患を発症するなど、実害が深刻な場合
  • ヌード写真の公開など、リベンジポルノ的な要素を含む場合

法人・事業主の場合の慰謝料相場

被害者が企業や店舗などの法人の場合、個人の場合よりも相場が高くなる傾向があります。これは、法人の社会的信用が低下することによる経済的損失が考慮されるためです。

法人の名誉毀損における慰謝料(無形損害)の相場は、50万円から100万円程度、場合によってはそれ以上となることもあります。

なお、実際に売上が低下したなどの具体的な損害(逸失利益)を証明できれば、慰謝料とは別にその損害額も請求可能です。しかし、売上低下と書き込みの因果関係を法的に証明することはハードルが高いため、実務上は慰謝料の増額事由として考慮されることが多いのが実情です。

侮辱の慰謝料相場と成立要件

次に、「バカ」「アホ」「死ね」「ブス」「キモい」といった、具体的な事実を含まない悪口については、「侮辱」としての責任を問うことになります。

侮辱(侮辱権侵害)の成立要件

侮辱とは、具体的な事実を摘示せずに、公然と人を侮辱し、その社会的評価を害する行為を指します。名誉毀損との違いは「事実の摘示があるかどうか」です。単なる罵詈雑言や、抽象的な悪口は侮辱に分類されます。

侮辱の慰謝料相場

侮辱による慰謝料相場は、名誉毀損に比べて低くなる傾向にあります。一般的には、数万円から数十万円程度が相場とされています。

「ひどい言葉を投げつけられたのに、たった数万円か」と思われる方も多いでしょう。実際、侮辱単体での損害賠償請求は、弁護士費用を考慮すると「費用倒れ」になるリスクが高いのが現実です。

しかし、以下のような悪質なケースでは、例外的に数十万円の慰謝料が認められることもあります。

  • 極めて執拗かつ大量に投稿された場合
  • 殺害予告に近いような脅迫的な文言を含む場合
  • 差別的な表現を含む場合

また、2022年の刑法改正により「侮辱罪」の法定刑が引き上げられ、厳罰化されました。これに伴い、民事上の慰謝料額についても、以前よりは高額化する傾向が一部で見られ始めていますが、依然として名誉毀損よりは低い水準にあります。

プライバシー侵害の慰謝料相場と成立要件

インターネット上に、許可なく個人情報を晒される被害も後を絶ちません。これを「プライバシー侵害」といいます。

プライバシー侵害の成立要件

プライバシー侵害は、以下の要件を満たす場合に成立します。

  • 私生活上の事実、または私生活上の事実らしく受け取られる事柄であること
  • 一般の人の感覚として、公開されたくない内容であること
  • これまで一般に知られていないこと
  • 本人の同意なく公開されたこと

具体的には、氏名、住所、電話番号、勤務先、家族構成、前科・前歴、病歴、裸の写真などが該当します。また、容姿を勝手に撮影・公開された場合は「肖像権侵害」となりますが、これも広い意味でのプライバシー侵害の一種として扱われます。

プライバシー侵害の慰謝料相場

プライバシー侵害の慰謝料相場は、公開された情報の内容や重要性によって大きく幅があります。一般的には10万円から50万円程度が目安です。

しかし、情報の性質によっては、これよりも高額になるケースがあります。

  • 住所や電話番号の晒し行為
    ストーカー被害やいたずら電話などの二次被害に直結する危険性が高いため、比較的高額になる傾向があります。
  • リベンジポルノ(性的画像の流出)
    被害者の精神的苦痛が甚大であり、デジタルタトゥーとして半永久的に残るリスクがあるため、100万円から300万円といった高額な慰謝料が認められるケースもあります。
  • 前科等の公表
    更生の妨げになるとして、違法性が認められるケースが多いですが、事件の実名報道など公益性が認められる場合は違法とならないこともあります。

慰謝料以外に請求できる損害賠償「調査費用」

ネット誹謗中傷の損害賠償において、被害者が負担しなければならない大きなコストが「投稿者を特定するための費用」です。

インターネット上の書き込みは多くの場合、匿名で行われます。そのため、損害賠償請求をする前に、以下の法的手続き(発信者情報開示請求)を経て、加害者の氏名や住所を特定する必要があります。

  1. コンテンツプロバイダ(SNS運営者など)へのIPアドレス開示請求
  2. アクセスプロバイダ(携帯キャリアなど)への契約者情報開示請求

これには高度な専門知識が必要であり、弁護士に依頼することが一般的です。この際に発生する弁護士費用(調査費用)は、決して安くはありません。

調査費用は加害者に請求できるか?

裁判実務では、加害者を特定するために要した弁護士費用(調査費用)の一部または全部を、損害賠償として加害者に請求することが認められています。

一般的に、調査費用の相当額(実際にかかった費用の全額ではない場合もありますが、数万円〜数十万円程度)が損害として認められる傾向にあります。特に、ネット誹謗中傷においては「特定しなければ被害回復ができない」という特質があるため、通常の不法行為よりも調査費用の請求が認められやすいと言えます。

また、損害賠償請求訴訟を行うための弁護士費用(訴訟費用)についても、認容された慰謝料額の1割程度が上乗せして認められるのが通例です。

したがって、最終的な請求総額は、「慰謝料」+「調査費用(の一部)」+「弁護士費用(の一部)」の合計となります。

慰謝料の金額を左右する増減額要素

ここまで相場について解説してきましたが、実際の裁判や示談交渉では、個別の事情を考慮して金額が決定されます。慰謝料額が増額、あるいは減額される主な要素を整理します。

慰謝料が増額される要素(悪質性が高い場合)

  • 投稿の回数・期間:長期間にわたり、執拗に何度も投稿されている。
  • 拡散の程度:リツイートやまとめサイトへの転載などにより、広範囲に拡散している。
  • 表現の悪質性:過激な表現、差別的な表現、脅迫めいた内容が含まれる。
  • 被害の深刻さ:被害者が精神疾患を患った、退職や閉店に追い込まれた、引っ越しを余儀なくされた等。
  • 加害者の態度:反省の色がない、削除要請を無視した、さらに煽るような投稿をした。
  • 加害者の属性:社会的影響力のある人物による投稿である。

慰謝料が減額される要素

  • 被害者側の落ち度:いわゆる「売り言葉に買い言葉」で、被害者側も過激な反論をしていた場合(過失相殺の考え方)。
  • 社会的評価への影響が限定的:閲覧数が極めて少ない掲示板への書き込みなど、誰も見ていないような状況。
  • 事後の対応:加害者が直ちに削除し、誠実に謝罪している場合。

損害賠償請求の流れ

ネット誹謗中傷における損害賠償請求の流れ

実際に慰謝料を獲得するまでの大まかな流れは以下の通りです。このプロセスは時間との勝負になります。

Step 1:証拠の保全

誹謗中傷の投稿を見つけたら、すぐに証拠を残します。URLが表示された状態でのスクリーンショットや、ページ全体のPDF保存が有効です。スマホのスクショだけでなく、パソコンでURLや投稿日時が明確に分かる形で保存することが重要です。

Step 2:発信者情報開示請求(犯人の特定)

サイト管理者やプロバイダに対して、投稿者の情報を開示するよう求めます。

202210月に施行された「改正プロバイダ責任制限法」により、新しい裁判手続(非訟手続)が導入され、以前よりも迅速に特定できるケースが増えています。しかし、ログ(通信記録)の保存期間は一般的に3ヶ月〜6ヶ月程度と短いため、迅速な対応が不可欠です。

Step 3:示談交渉または損害賠償請求訴訟

投稿者が特定できたら、内容証明郵便などを送って慰謝料を請求します。

相手が素直に応じて示談が成立すれば、早期解決となります。相手が無視したり、支払いを拒否したりした場合は、裁判所に対して損害賠償請求訴訟を提起します。

弁護士に依頼するメリット

「費用倒れ」のリスクと、それでも弁護士に依頼する意義

ネット誹謗中傷の損害賠償請求を検討する際、必ず直面するのが「費用倒れ」の問題です。

率直に申し上げますと、慰謝料の相場が数万円〜数十万円(侮辱の場合など)であるのに対し、犯人特定から損害賠償請求までの弁護士費用は、それ以上の金額になるケースが少なくありません。つまり、金銭的な収支だけで見ればマイナスになる可能性があります。

しかし、それでも多くの方が弁護士に依頼し、法的措置を講じるには理由があります。

金銭以外の解決メリット

  1. 情報の削除と拡散防止
    法的手続きの中で記事の削除を求めることができます。放置すれば半永久的に残り続ける「デジタルタトゥー」を消すことは、将来の平穏な生活のために非常に重要です。
  2. 加害者への制裁と再発防止
    「匿名なら何をしてもバレない」と考えている加害者に対し、身元を特定し法的責任を負わせることは、強力な制裁となります。二度と同じような被害に遭わないための抑止力になります。
  3. 精神的な区切り
    「誰が書いたのかわからない」という恐怖から解放され、相手に責任を取らせることで、精神的な決着をつけることができます。
  4. 刑事告訴への布石
    悪質な場合、特定した情報をもとに警察へ刑事告訴を行うことも可能です。

当事務所では、ご依頼者様の状況や投稿内容を分析し、「特定できる可能性はどのくらいあるか」「慰謝料はいくらくらい見込めるか」「費用対効果はどうなるか」といった見通しを、事前の相談段階で丁寧にご説明いたします。無理に手続きを勧めることはありませんので、ご安心ください。

まとめ

ネット誹謗中傷の被害に遭ったらまずは弁護士へ

インターネット上の誹謗中傷に対する慰謝料相場は、以下の通りです。

  • 名誉毀損:個人1050万円、法人50100万円以上
  • 侮辱:数万円〜10万円程度
  • プライバシー侵害1050万円(リベンジポルノ等はさらに高額)

これに加えて、調査費用(特定費用)の一部が損害として認められる場合があります。

ネット誹謗中傷の対応は、専門的な知識とスピードが要求されます。「これくらいなら我慢すべきか」「警察に行っても相手にしてもらえなかった」と一人で悩んでいる間に、通信ログが消え、犯人の特定が不可能になってしまうこともあります。

被害を最小限に食い止め、適正な賠償を受けるためには、インターネット問題に精通した弁護士のサポートが重要です。

弁護士法人長瀬総合法律事務所では、ネット誹謗中傷・風評被害対策の専門チームが、発信者情報開示請求から損害賠償請求まで一貫してサポートいたします。茨城県内(牛久・日立・水戸・守谷)を中心に、東京や近隣県からのご相談にも対応しております。

「匿名相手にどう対応していいかわからない」「書き込みを消したい」とお悩みの方は、お早めに当事務所にご相談ください。あなたの権利と尊厳を守るために、私たちがサポートします。


 

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