コラム

2026/05/16 コラム

医療裁判で勝つために必要な証拠|カルテの入手方法と証拠保全

「手術後に容態が急変した」「医師の説明と違う結果になった」

もし、ご自身やご家族が医療事故に遭い、医療機関側のミス(医療過誤)を疑ったとき、まず直面するのは「どうやってミスを証明すればよいのか」という壁です。

医療過誤による損害賠償請求において、最も重要かつ最初に解決しなければならない課題は「証拠の確保」です。どれほど医療ミスが明らかだと思われる状況であっても、客観的な証拠がなければ裁判で勝つことはおろか、示談交渉のテーブルに就くことさえ困難になります。

本記事では、医療過誤における「証拠」の重要性と、基本的な証拠である「カルテ(診療録)」の入手方法について、弁護士の視点から解説します。特に、改ざんを防ぐための強力な法的手段である「証拠保全」の手続きについても掘り下げます。

解説

1. 医療過誤における「証拠」の絶対的な重要性

医療過誤(医療ミス)の損害賠償請求は、他の交通事故や労働災害といった損害賠償請求と比較して、被害者側(患者側)の立証のハードルが高い分野と言われています。

立証責任は「患者側」にある

日本の民事訴訟においては、原則として「損害賠償を請求する側」が、相手方の過失や損害の発生、そして両者の因果関係を証明しなければなりません。

医療裁判においても同様で、患者側が以下の3点を証拠に基づいて立証する必要があります。

  1. 過失(注意義務違反): 医師や医療従事者が、当時の医療水準に照らして当然行うべき処置を行わなかった、あるいは行ってはいけない処置を行ったこと。
  2. 損害: 患者が死亡した、後遺障害が残った、治療費がかかったなどの具体的な損害。
  3. 因果関係: その過失がなければ、損害は発生しなかった(あるいは結果が異なっていた)という関係性。

医療という高度な専門分野において、医学知識を持たない患者側が、専門家である医師のミスを論理的かつ客観的に証明しなければならないのです。ここで重要となるのが、当時の医療行為の詳細が記録された「カルテ(診療録)」等の医療記録です。

「記憶」ではなく「記録」が勝負を決める

「手術室で医師が『しまった』と言ったのを聞いた」「看護師が『ミスがあった』と謝ってきた」

こうした当事者の発言は重要なきっかけにはなりますが、裁判において決定的な証拠となるかは不透明です。後になって「そのような発言はしていない」「文脈が違う」と反論されれば、言った言わないの水掛け論になってしまいます。

裁判所が事実認定を行う際、最も重視するのは作成当時の客観的な記録です。

いつ、誰が、どのような判断で、どのような処置を行い、患者の状態はどう変化したのか。これらが刻銘に記されたカルテこそが、真実を明らかにするための「鍵」となります。

カルテ改ざんのリスク

残念ながら、医療過誤紛争においては、保身のためにカルテの改ざんや隠蔽が行われるケースが皆無ではありません。

後述するように、医療機関側がミスを隠そうとしてカルテを書き換えたり、都合の悪い部分を破棄したりするリスクがあります。したがって、「相手に気づかれる前に」「現状のまま」証拠を確保することが、勝訴への第一歩となります。

2. 収集すべき医療記録(証拠)の種類

一口に「カルテ」と言っても、医療現場には多種多様な記録が存在します。医療過誤の立証のためには、医師が書く診療録だけでなく、看護師の記録や検査データなど、あらゆる資料を網羅的に収集する必要があります。

収集すべき主な資料は以下の通りです。

資料の種類

内容・重要性

診療録(医師カルテ)

医師による診察内容、診断、治療方針、処置内容、経過などが記載された基本資料。

看護記録(看護日誌)

看護師が患者の様子、バイタルサイン(血圧・脈拍等)、医師の指示内容、処置の実施状況などを時系列で記録したもの。医師のカルテには書かれていない詳細な経過や患者の訴えが残っていることが多く、重要です。

検査結果・画像データ

血液検査の結果票や、レントゲン、CTMRI、エコーなどの画像データ。客観性が高く、誤診の有無を判断する上で重要です。

手術記録・麻酔記録

手術中の具体的な手技、経過、バイタルサインの変動、麻酔薬の投与量などが分単位で記録されたもの。手術ミスが疑われる場合には必須です。

処方箋・投薬記録

どのような薬剤が、いつ、どの程度の量投与されたかの記録。

同意書・説明文書

手術や検査の前に、医師からどのような説明を受け、何に同意したかが記された文書。説明義務違反(インフォームド・コンセント違反)を問う際に重要です。

紹介状(診療情報提供書)

他の病院から転院してきた場合や、転院する場合に作成される文書。医師間の引き継ぎ内容がわかります。

これらの資料を、漏れなく入手する必要があります。一部でも欠けていると、そこから事実関係の争いが生じる可能性があるからです。

3. カルテを入手する方法:任意開示請求

カルテを入手する方法は、大きく分けて「任意開示請求」「証拠保全」の2つがあります。

まずは、手続きが比較的簡易な「任意開示請求」から解説します。

任意開示請求とは

患者本人(または遺族)が、医療機関に対して「カルテを見せてほしい(コピーがほしい)」と請求し、病院側がこれに応じて任意に開示する方法です。

現在は個人情報保護法や医療法に基づく指針により、医療機関には原則として診療情報の開示に応じる義務があります。多くの病院では、受付窓口に「カルテ開示請求」の手続き案内が用意されています。

任意開示の手順

  1. 窓口での申し込み: 病院の所定の申請書に記入し、提出します。
  2. 身分証明書の提示: 患者本人であることを証明する書類(運転免許証、保険証など)が必要です。遺族の場合は、戸籍謄本など患者との関係を証明する書類も必要になります。
  3. 開示の実施: その場で閲覧・コピーができる場合もありますが、通常は準備に数日〜2週間程度かかります。
  4. 費用の支払い: コピー代や手数料(数千円〜数万円程度)を支払います。

任意開示のメリット・デメリット

メリット

  • 費用が安い: 証拠保全に比べて低コストで済みます。
  • 手続きが容易: 弁護士に依頼せずとも、自分で行うことが可能です。
  • 病院との関係: 穏便に手続きを進められるため、今後の治療関係を維持したい場合などに適しています。

デメリット

  • 改ざんのリスク: 請求してから開示されるまでに時間的猶予があるため、その間に悪意ある改ざんが行われるリスクを完全に排除できません。
  • 一部不開示の可能性: 病院側の判断で、重要部分が開示されない(黒塗りなど)リスクもゼロではありません。

どのようなケースで選択すべきか

「医療ミスかどうかはまだ分からないが、念のため確認したい」「病院側の対応が誠実であり、改ざんの恐れは低い」といったケースでは、まずは任意開示請求を行うのが一般的です。

4. カルテを入手する方法:証拠保全

医療過誤が強く疑われ、病院側が事実を隠蔽する(カルテを改ざんする)恐れがある場合には、「証拠保全」という裁判所を通じた手続きを選択します。これは医療裁判において重要な手段です。

証拠保全とは

証拠保全とは、あらかじめ証拠を確保しておかなければ、後でその証拠が利用できなくなる(改ざん、隠滅、散逸など)恐れがある場合に、裁判所に申し立てを行い、裁判官と共に医療機関へ出向いて証拠を確保する手続きです。

最大の特徴は、「抜き打ち(密行性)」であることです。

医療機関側には事前に通知せず、当日に突然裁判官と弁護士が病院を訪れます。そのため、病院側は改ざんをする時間的余裕がなく、ありのままの証拠を確保できる可能性が高まります。

証拠保全の流れ

証拠保全は非常に専門的な手続きであり、通常は弁護士に依頼して行います。

弁護士への相談・依頼

医療過誤に詳しい弁護士に相談し、証拠保全の必要性を検討します。

証拠保全の申立て

弁護士が裁判所に対して「証拠保全申立書」を提出します。この際、「なぜ証拠保全が必要なのか(改ざんの恐れがある具体的な事情など)」を疎明(一応確からしいと証明すること)する必要があります。

裁判所による決定

裁判官が申立てを認めれば、証拠保全の実施決定が出されます。この情報は病院側には伝えられません。

証拠保全の実施(当日)

あらかじめ指定した日時に、裁判官、裁判所書記官、患者側の代理人弁護士、カメラマンなどが病院を訪問します。

病院の管理者に決定書を提示し、その場でカルテ、看護記録、レントゲンフィルム、手術記録などの提示を求めます。

提示された資料は、その場でコピーをとったり、カメラマンが写真撮影(デジタルカメラでの複写)を行ったりして保存します。電子カルテの場合は、データをプリントアウトさせたり、ログ情報の開示を求めたりします。

証拠保全のメリット・デメリット

メリット

  • 改ざん防止: 抜き打ちで行うため、生の記録を確保できる可能性が最も高いです。
  • 網羅的な収集: 裁判官の権限を背景に行うため、病院側が提示を拒むことは難しく、関連資料を網羅的に確保できます。
  • 心理的効果: 裁判所が介入することで、病院側に事の重大さを認識させることができます。

デメリット

  • 費用が高い: 弁護士費用のほか、カメラマンの同行費用やコピー代など、数十万円単位の費用がかかることがあります。
  • 準備が大変: 申立て書類の作成やカメラマンの手配など、高度な専門知識と準備が必要です。
  • 病院との対立: 強制的な手段であるため、病院との対立関係が明確になり、その後の話し合いが硬化する可能性があります。

電子カルテと証拠保全

近年普及している電子カルテの場合、「後から書き換えても分からないのではないか」と不安に思うかもしれません。しかし、電子カルテシステムには通常、「更新ログ(アクセスログ)」が記録されています。

証拠保全においては、この更新履歴の開示も求めることができます。「いつ、誰が、どの記述を修正・削除したか」が明らかになれば、不自然な書き換え自体が改ざんの証拠となり得ます。

5. 入手した証拠の分析と協力医の意見

苦労してカルテを入手しても、それで終わりではありません。入手した膨大な医療記録は、専門用語や略語、外国語(ドイツ語や英語)で記載されており、一般の方が読解するのは極めて困難です。

医療記録の精査

弁護士は、入手したカルテを時系列に整理し(カルテ・シノプシスの作成)、矛盾点や不自然な点がないかを精査します。

例えば、医師のカルテには「経過良好」とあるのに、看護記録には「患者が激痛を訴えている」「バイタルが不安定」といった記述があれば、医師が患者の状態を正しく把握していなかった(観察義務違反)可能性が浮上します。

協力医による意見聴取

法的な過失を立証するためには、医学的な裏付けが不可欠です。そのため、弁護士は当該分野の専門医(協力医)にカルテを見せ、「当時の医療水準として適切な処置だったか」「他の選択肢はなかったか」「結果との因果関係はあるか」について意見を求めます。

この協力医の意見書や私的鑑定書が、後の示談交渉や裁判において武器となります。

6. 医療過誤における弁護士の役割と重要性

ここまで解説した通り、医療過誤の証拠収集は非常に専門性が高く、戦略的な判断が求められます。ご自身だけで対応するには限界があると言わざるを得ません。

手続きの選択ミスを防ぐ

「とりあえず任意開示をして、怪しかったら証拠保全をしよう」と考える方もいますが、これは危険です。一度任意開示請求をしてしまうと、病院側に「疑われている」と警戒され、その隙に改ざんされる恐れがあるからです。

事案の性質や病院の対応を見て、最初から証拠保全に踏み切るべきか否かの判断は、経験豊富な弁護士でなければ難しいものです。

証拠保全の現場対応力

証拠保全の現場では、短時間で大量の資料を特定し、確保しなければなりません。病院側が「その資料は今ここにない」「別の場所に保管している」などと言い訳をして提示を渋ることもあります。

そうした場合に、裁判官を通じて即座に開示を命じてもらうよう交渉するなど、現場での即応力と交渉力が問われます。

カルテの解読と医学的検討

入手したカルテを読み解き、協力医を探して意見を求め、法的な主張を組み立てるプロセスは、医療事件に注力している弁護士だからこそ可能な業務です。

当事務所では、医療過誤案件における豊富な経験と、協力医とのネットワークを活かし、適正な証拠収集と分析をサポートしています。

7. まとめ

医療過誤を疑ったとき、感情的になって病院に詰め寄っても解決にはつながりません。むしろ、証拠隠滅の機会を与えてしまうことになりかねません。

真実を明らかにし、適正な賠償を求めるためには、以下のポイントを心に留めて行動してください。

  1. 立証責任は患者側にある: 証拠がなければ何も始まらない。
  2. 「記憶」より「記録」: 客観的なカルテが最大の武器。
  3. 初動が命: 改ざんされる前に証拠を確保するスピードが重要。
  4. 証拠保全の検討: 改ざんの恐れがある場合は、迷わず弁護士による証拠保全を。
  5. 専門家の活用: 医療知識と法的知識の両方が必要なため、医療事件に強い弁護士への早期相談が重要。

医療トラブルは、心身ともに大きな負担がかかる問題です。一人で悩まず、専門家の力を借りて、まずは「真実の記録」を手に入れることから始めましょう。

医療過誤の証拠保全をご検討の方へ

弁護士法人長瀬総合法律事務所では、医療過誤に関するご相談を承っております。「証拠保全をすべきか判断してほしい」「カルテの見方がわからない」といったお悩みがあれば、お早めにご相談ください。あなたの疑問を解明し、正当な権利を守るための第一歩をサポートいたします。


 

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