2026/05/22 コラム
医療過誤の損害賠償請求権の時効|いつまでに請求する必要があるか
はじめに
「数年前の手術ミスが原因で、今も後遺症に苦しんでいる」
「亡くなった家族の死因に疑問があるが、時間が経ってしまった」
医療過誤(医療ミス)の被害に遭われた際、損害賠償請求を検討するにあたって最大の壁となるのが「時効」です。どんなに明らかな医療ミスがあったとしても、法律で定められた期間を過ぎてしまうと、原則として請求権は消滅し、賠償を受けることができなくなります。
医療過誤事件は、調査や証拠収集に長い時間を要することが多いため、この「時間との戦い」は非常にシビアな問題です。また、2020年4月の民法改正により、時効のルールは大きく変更されており、適用される法律が「改正前」か「改正後」かによっても期間が異なります。
本記事では、医療過誤における損害賠償請求権の時効について、法的根拠ごとの違い、カウントが始まる「起算点」、そして時効を止めるための具体的な方法を解説します。
1. 医療過誤における「2つの法的構成」と時効期間
医療過誤の損害賠償請求には、大きく分けて2つの法的アプローチ(法的構成)があります。どちらの構成をとるかによって、時効期間や要件が異なります。実務上は、両方を主張(選択的併合)することが一般的ですが、それぞれの違いを理解しておくことは重要です。
(1) 不法行為に基づく損害賠償請求(民法709条)
医師の過失によって患者の権利(生命・身体など)を侵害したとして、損害賠償を請求する方法です。医療過誤訴訟では最も一般的に用いられます。
(2) 債務不履行に基づく損害賠償請求(民法415条)
病院と患者の間で結ばれた「診療契約」に基づき、病院側が適切な医療を提供する義務(善管注意義務)を怠ったとして、契約違反の責任を追及する方法です。
時効期間の比較一覧表(2020年4月1日以降の改正民法適用の場合)
|
請求の法的根拠 |
主観的起算点からの時効(知った時から) |
客観的起算点からの時効(行為の時から) |
|
不法行為 |
損害及び加害者を知った時から
5年間(※生命・身体の侵害の場合) |
不法行為の時から
20年間 |
|
債務不履行 |
権利を行使できることを知った時から
5年間 |
権利を行使できる時から
20年間(※生命・身体の侵害の場合) |
※物損(持ち物の紛失など)の場合は期間が「3年」や「10年」となることがありますが、医療過誤の多くは「生命・身体の侵害」に関するものであるため、特則により期間が延長されています。
2. 2020年民法改正による影響と経過措置
ここで注意が必要なのは、2020年4月1日に施行された改正民法との関係です。
ご自身のケースが「改正前」の法律が適用されるのか、「改正後」の法律が適用されるのかで、時効期間が大きく変わる可能性があります。
(1) 改正のポイント:生命・身体侵害の特則
改正前は、不法行為の時効は「知った時から3年」でした。しかし、人の生命や身体に関わる損害は重大であることから、被害者保護のために「知った時から5年」へと延長されました。
(2) どちらの法律が適用されるか(経過措置)
原則として、2020年4月1日時点で「まだ時効が完成していなかった」ものについては、新しい法律(改正民法)が適用され、期間が延長されます。
例:2018年4月1日に医療ミスを知った場合
- 旧法: 3年後の2021年4月1日に時効完成予定。
- 2020年4月1日時点: まだ時効(3年)が完成していない。
- 結果: 新法が適用され、時効期間は5年に延長される(2023年4月1日まで請求可能)。
例:2016年4月1日に医療ミスを知った場合
- 旧法: 3年後の2019年4月1日に時効完成。
- 2020年4月1日時点: すでに時効が完成している。
- 結果: 旧法が適用され、時効は完成済み(請求できない可能性が高い)。
※ ただし、債務不履行構成であれば時効期間も異なります
このように、事案が発生した時期によって適用ルールが複雑になるため、自己判断せず弁護士に確認することをお勧めします。
3. 「いつからカウントするか」:起算点の重要な解釈
時効期間が3年(または5年)といっても、そのスタートライン(起算点)をどこに置くかで、期限は大きく変わります。これを「主観的起算点」といいます。
(1) 「損害及び加害者を知った時」とは?
単に「手術を受けた日」や「体調が悪くなった日」ではありません。判例上は、以下のように解釈されています。
被害者が損害の発生を現実に認識し、かつ、それが加害者の不法行為によるものであることを認識した時
具体的には、「医療行為によって悪い結果が生じ、それが医師のミスによるものだ」と被害者が認識し得る状態になった時点を指します。
(2) 医療過誤特有の難しさ
医療の専門知識がない患者にとって、「手術後に具合が悪い」という事実だけでは、それが「合併症(仕方のない結果)」なのか「医療ミス」なのか判断できません。
そのため、以下のような時点が起算点として認められるケースがあります。
- 別の医師から「前の手術に問題があった」と指摘された時
- カルテ開示を受け、弁護士や協力医の調査報告を受けた時
ただし、いつまでも「知らなかった」と言い訳ができるわけではありません。通常期待される調査を怠って放置していた場合は、「知ることができた」として時効が進行してしまうリスクもあります。
(3) 「行為の時」からの期間(除斥期間・客観的起算点)
被害者が医療ミスに気づかないままであっても、手術日などの「不法行為の時」から20年が経過すると、権利は完全に消滅します。これをかつては「除斥期間(じょせききかん)」と呼んでいました。
4. 時効の完成を止める方法(更新と完成猶予)
調査に時間がかかっている間に時効期間が迫ってきた場合、時効の進行を止めたり、リセットしたりする必要があります。これを、法改正前の用語で「中断・停止」、現在は「更新・完成猶予」と呼びます。
(1) 裁判上の請求(訴訟の提起)
裁判所に訴えを起こすことで、時効の完成は猶予されます。そして、判決が確定すれば、時効期間はリセットされ、新たに10年間の時効がスタートします(これを「時効の更新」といいます)。
(2) 催告(さいこく)
内容証明郵便などで相手方に請求書を送ることです。これにより、6ヶ月間だけ時効の完成を遅らせることができます(完成猶予)。
あくまで「一時的な猶予」であり、この6ヶ月の間に訴訟提起などの本格的な手続きを行う必要があります。何度も繰り返して延長することはできません。
(3) 権利の承認
相手方(病院側)が、自らの責任(債務)を認めることです。
例えば、病院側が「ミスを認めます」という念書を書いたり、賠償金の一部を支払ったりした場合、その時点で時効はリセット(更新)され、またゼロからカウントが始まります。
(4) 協議を行う旨の合意(新設された制度)
2020年の民法改正で新設された制度です。当事者双方(患者側と病院側)が、「話し合いで解決を目指しましょう」と書面で合意した場合、その合意から1年間(最長で通算5年まで)は時効が完成しません。
いきなり裁判をするのではなく、まずは示談交渉を行いたい場合に有効な手段です。
5. 忘れがちな「カルテ保存期間」の壁
時効と並んで重要なのが、証拠となる「カルテ(診療録)」の保存期間です。
医師法により、カルテの保存義務期間は「完結の日から5年間」と定められています。
法的には損害賠償請求の時効が残っていたとしても(例:不法行為の20年)、5年を過ぎてカルテが廃棄されてしまうと、医療ミスを立証する証拠がなくなり、事実上、裁判で勝つことが不可能になります。
※実際には5年を超えて保存している病院も多いですが、法律上の義務がなくなれば廃棄されるリスクは高まります。電子カルテの場合は長期保存される傾向にありますが、油断は禁物です。
6. 時効に関するよくある質問(Q&A)
Q1. 亡くなった場合の時効はどうなりますか?
ご本人が亡くなられた場合、相続人(遺族)が損害賠償請求権を相続します。
時効の起算点は、原則として「相続人が、医療ミスによる死亡であることを知った時」からとなります。ご本人が生前に知っていた場合は、それを引き継ぐことになります。
Q2. 示談交渉中でも時効は進みますか?
はい、単に口頭で交渉しているだけでは時効は止まりません。「もうすぐ時効だ」という時期に交渉が難航している場合は、先述の「協議を行う旨の合意」を書面で交わすか、訴訟提起に踏み切る必要があります。
Q3. 「手術後10年経過してから後遺症が出た」場合は?
「損害を知った時」が起算点となるため、症状が出た(損害が発生した)時点から5年以内であれば請求できる可能性があります。ただし、手術(行為)から20年を超えている場合は請求できません。また、手術との因果関係の立証は10年経過していると困難になることが予想されます。
7. 医療過誤の時効管理を弁護士に依頼すべき理由
医療過誤における時効管理は複雑です。「まだ大丈夫」と思っていても、法解釈によってはすでに手遅れだったり、証拠が散逸してしまったりするリスクがあります。
正確な「起算点」の判断
いつを「知った時」とするかは、法的評価が分かれるポイントです。弁護士は、過去の裁判例に照らして、最も有利かつ安全な起算点を判断し、時効期間を計算します。
時効中断措置の実行
調査に時間がかかる場合でも、内容証明郵便による「催告」や「協議合意」の手続きを適切に行い、権利を保全しながら交渉を進めることができます。
証拠保全のスピード
時効よりも先にカルテが廃棄されることを防ぐため、受任後直ちに証拠保全(カルテ開示)の手続きに着手します。
まとめ
時効で泣き寝入りしないために
医療過誤の損害賠償請求における時効は、以下のポイントを押さえておくことが重要です。
- 原則5年(生命・身体侵害):自分が医療ミスだと認識してから5年以内にアクションを起こす必要がある。
- 上限20年(行為の時):手術等の時点から20年経つと、事情に関わらず請求できなくなる。
- 2020年4月改正の影響:改正日をまたぐ事案は、適用法律の判断が複雑になる。
- カルテの壁:法律上の時効より先に、カルテ(5年保存義務)がなくなるリスクがある。
「おかしいな」と思ったら、まずは時効期間を確認することが第一歩です。
時間が経過すればするほど、記憶は薄れ、証拠は失われ、立証のハードルは高くなります。
「もう時効かもしれない」と諦める前に、まずは一度、当事務所の無料相談をご利用ください。あなたの権利を守るために、法的にまだ打てる手があるかもしれません。
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