コラム

2026/05/20 コラム

医療ADRとは?裁判をせずに医療トラブルを解決する方法

はじめに

「手術の結果に納得がいかないが、病院側がまともに取り合ってくれない」
「裁判はお金も時間もかかるから躊躇してしまう」
「とにかく医師の口から、何が起きたのか真実を説明してほしい」

医療トラブルに直面した患者様やご遺族の多くは、このような葛藤を抱えています。

医療機関との話し合い(示談交渉)が平行線をたどった場合、次の一手として「裁判(訴訟)」が思い浮かぶかもしれません。しかし、医療裁判は高度な専門性が求められ、解決までに数年単位の時間と多額の費用がかかるのが現実です。

そこで、裁判以外の解決手段として注目されているのが「医療ADR(裁判外紛争解決手続)」です。

裁判よりも低コストで、スピーディーに、そして対話を通じた柔軟な解決を目指せる制度として、利用件数が増えています。

本記事では、医療ADRの仕組みやメリット・デメリット、具体的な手続きの流れについて、弁護士がわかりやすく解説します。「裁判まではしたくないけれど、泣き寝入りもしたくない」とお考えの方にとって、有力な選択肢となれば幸いです。

1. 医療ADR(裁判外紛争解決手続)とは

ADRの基本的な仕組み

ADRとは「Alternative Dispute Resolution」の略で、日本語では「裁判外紛争解決手続」と呼ばれます。簡単に言えば、「裁判所を使わずに、中立的な第三者に間に入ってもらって話し合いで解決する方法」です。

医療ADRは、その名の通り「医療トラブル」に特化したADRです。

主に各地の弁護士会が運営しており、医療問題に詳しい弁護士が「あっせん人」として介入し、患者側と医療機関側の言い分を調整しながら、和解による解決を目指します。

裁判や示談交渉との違い

医療トラブルの解決方法には、大きく分けて「示談交渉(当事者同士)」「ADR(第三者介入)」「裁判(法的判断)」の3つがあります。

項目

示談交渉

医療ADR

民事裁判

主体

当事者同士

当事者 + あっせん人

裁判官

費用

0円〜(弁護士費用別)

低額

高額

期間

短期

中間

長期

解決内容

自由

柔軟(謝罪・説明含む)

金銭賠償が原則(白黒つける)

医学的専門性

病院側のみ詳しい

医師が関与する場合あり

鑑定等が必要

公開性

非公開

非公開

原則公開

医療ADRは、当事者同士だけでは感情的になって進まない話し合いを、専門家が整理してくれる点に大きな特徴があります。

2. 医療ADRを利用する5つのメリット

なぜ、裁判ではなく医療ADRを選ぶ人が増えているのでしょうか。主なメリットは以下の5点です。

費用が安く済む

裁判を行う場合、請求額に応じた印紙代や、数十万円〜数百万円の弁護士費用、さらには数十万円の鑑定費用がかかることがあります。

一方、弁護士会が運営する医療ADRの場合、申立手数料は1万円程度(税別)と非常に低廉です。和解が成立した場合に「成立手数料(解決額の数%程度)」がかかりますが、トータルコストは裁判より抑えることが期待できます。

解決までのスピードが早い

医療裁判は長期化する傾向にあり、第一審だけで2年以上かかることも珍しくありません。

これに対し、医療ADRは数回の期日(半年〜1年程度)での解決を目指して設計されています。早期に紛争から解放され、次の生活へ進むことができるのは大きなメリットです。

医学的知見を反映できる(医師の関与)

通常の裁判官は法律のプロですが、医学のプロではありません。

一方、多くの弁護士会の医療ADRでは、医療事件に精通した弁護士が担当する仕組みを整えています。

中立的な立場の意見を聞くことができるため、納得感のある話し合いが可能になります。

柔軟な解決が可能(謝罪・再発防止)

裁判の判決は、基本的に「〇〇円支払え」または「請求を棄却する」という金銭的な結論しか出ません。

しかし、患者側が求めているのはお金だけでなく、「誠意ある謝罪」や「なぜミスが起きたのかの説明」「再発防止策の約束」であることも多いでしょう。

ADRはあくまで「話し合い」の場であるため、こうした金銭以外の条件も柔軟に盛り込んで和解することができます。

プライバシーが守られる

裁判は原則として公開の法廷で行われるため、傍聴人に内容を聞かれる可能性があります。

医療ADRは非公開の会議室で行われるため、病状やプライバシーに関する情報が外部に漏れる心配がありません。これは、風評被害を恐れる医療機関側にとってもメリットとなります。

3. 知っておくべきデメリットと注意点

メリットの多い医療ADRですが、万能ではありません。制度上の限界やデメリットも理解した上で選択する必要があります。

相手に応じる義務がない(応諾義務がない)

ここが最大のリスクです。裁判は訴えれば強制的に始まりますが、ADRは「相手方(病院)が話し合いのテーブルに着くことに同意」しなければ開始されません。

病院側が「自分たちに過失はないから話し合うつもりはない」「裁判で白黒つけたい」と拒否した場合、ADRは開始もできずに終了(不応諾終了)となってしまいます。

強制力がない

話し合いの結果、あっせん人が「病院側が一定額を支払うべき」という和解案を提示したとしても、病院側が「納得できない」と拒否すれば、それ以上の強制はできません。

判決のように強制執行(差し押さえなど)をする効力はないため、あくまで双方が納得して合意する必要があります。

真実解明機能には限界がある

裁判では、証人尋問を行ったり、裁判所が強制的にカルテを取り寄せたりする強力な権限があります。

しかしADRは、基本的に双方が提出した資料とヒアリングに基づいて話し合いを進めるため、証拠の強制的な収集機能はありません。 病院側が隠している事実を暴き出すような手続きには不向きです。

そのため、ADRを申し立てる前に、証拠保全などでカルテを入手しておくことが前提となります。

4. 医療ADRの具体的な流れ

ここでは、弁護士会が運営する「紛争解決センター」等を利用する場合の一般的な流れを解説します。

STEP 1:法律相談・申立て

まず、最寄りの弁護士会のADRセンターに問い合わせ、申立書を提出します。

申立書には、「いつ、どこで、どのような医療事故があり、何を求めているのか」を具体的に記載し、証拠資料(カルテの写し、陳述書など)を添付します。

多くの弁護士会では、申立て前に一度、担当弁護士による法律相談を受ける運用になっています。

STEP 2:相手方への通知・応諾確認

センターから医療機関に対し、「ADRの申立てがありました。話し合いに応じますか?」という通知が送られます。

医療機関がこれに同意(応諾)すれば、手続きが開始されます。拒否された場合は、この時点で終了となります。

STEP 3:期日(話し合い)の実施

あっせん人(担当弁護士、場合により協力医)を交えて、期日が開かれます。

期日は12ヶ月に1回程度のペースで開催されます。

基本的には、患者側と医療機関側が交互にあっせん人の部屋に入り、それぞれの言い分を伝えます(同席する場合もあります)。あっせん人は中立的な立場から争点を整理し、医学的な妥当性を検討します。

STEP 4:和解案の提示・成立

双方の主張が出尽くし、歩み寄りの可能性が見えた段階で、あっせん人が「和解案」を提示します。

双方がこの案に合意すれば「和解成立」となり、和解合意書を作成して終了します。和解書には法的な効力(契約としての効力)が生じます。

STEP 5:不成立(打ち切り)

話し合いが平行線で合意に至らない場合、あっせん人は手続きを打ち切ります。

その後は、諦めるか、改めて裁判を起こすかを検討することになります。

5. 「裁判」と「ADR」どちらを選ぶべき?判断基準

医療トラブルに直面したとき、ADRを選ぶべきか、最初から裁判をすべきか。その判断基準の目安をご紹介します。

医療ADRが向いているケース

  • 事実関係はおおむね争いがない場合: 「ミスがあったこと自体は病院も認めているが、賠償額で揉めている」ケース。
  • 説明や謝罪を重視したい場合: 「なぜこうなったのか、医師の口から説明を聞きたい」「お金より謝罪がほしい」というケース。
  • 賠償額が少額〜中額の場合: 数十万円〜数百万円程度の請求の場合、裁判費用をかけると費用対効果が悪くなるため、ADRが適しています。
  • 早期解決を望む場合: 長期間の紛争を避けたい場合。

医療ADRが向いていない(裁判が適している)ケース

  • 病院側が過失を全面的に否定している場合: 「ミスは一切ない」と強硬に主張している場合、ADRを申し立てても拒否されるか、決裂する可能性が高いです。
  • 事実関係に大きな食い違いがある場合: 「言った言わない」「処置をしたしてない」が争点の場合、証人尋問などの証拠調べができる裁判のほうが適しています。
  • 賠償請求額が高額な場合: 重度後遺障害や死亡事案で数千万円〜億円単位の請求になる場合、病院側も保険会社の方針として「裁判所の判決がないと支払えない」という態度をとることが多いため、裁判を選択すべきです。
  • 法的判断が必要な場合: 先例のない事案など。

6. 医療ADRを弁護士に依頼するメリット

医療ADRは、患者本人(本人申立て)でも利用可能です。あっせん人が間に入ってくれるため、裁判ほど専門知識がなくても進められるとされています。

しかし、実際には代理人として弁護士に依頼することもご検討いただくとよいかと思います。その理由は以下の通りです。

的確な主張構成と証拠提出

ADRは話し合いとはいえ、「過失」と「因果関係」を論理的に説明できなければ、あっせん人を説得できません。

また、病院側には通常、顧問弁護士や保険会社の担当者がバックについています。医学知識や法律知識を持たない患者本人が、プロを相手に交渉するのは困難です。

弁護士がついていることで、法的に整理された主張書面を作成し、必要な証拠を的確に提出できるため、あっせん人を味方につけやすくなります。

「落とし所」の見極め

ADRのゴールは「和解」です。こちらの要求を100%通すことは難しく、どこかで譲歩する必要があります。

弁護士であれば、「この内容なら裁判をするより有利と思われる」「この金額なら合意すべきだ」という妥当なラインを判断し、アドバイスすることができます。

精神的負担の軽減

医療トラブルの当事者が、直接病院側と向き合うことは大きなストレスです。

弁護士が代理人となることで、交渉や書面のやり取りをすべて任せることができ、精神的な負担を軽減できます。

まとめ

医療ADRは、高額・長期化しがちな医療裁判のデメリットを補う、有効な解決手段です。

特に、「医師からの説明と謝罪」や「早期の解決」を望む患者様にとっては、メリットの大きい制度と言えるでしょう。

本記事のポイント

  • 医療ADRとは: 弁護士会などが運営する、中立的な話し合いによる解決手続き。
  • メリット: 裁判より「安い・早い・柔軟」な解決が可能。医師の意見も反映されやすい。
  • デメリット: 相手に応じる義務や強制力がないため、拒否されれば利用できない。
  • 使い分け: 事実関係の争いが少ない場合や、説明を求める場合に適している。徹底的に争うなら裁判へ。

「私のケースはADRで解決できるだろうか?」
「病院側が話し合いに応じてくれる見込みはあるか?」

そのような疑問をお持ちの方は、まずは弁護士にご相談ください。


 

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