2026/08/17 コラム
【遺産の使い込み】相続人による預金の勝手な引き出しを取り戻す方法|不当利得返還請求を弁護士が解説
はじめに
「親の介護をしていた兄が、親の預金を自由に使っていたようだ」
「父が亡くなった後、遺産を調べてみたら、生前の収入からは考えられないほど預金が減っている」
「相続人の一人が、父の死後、キャッシュカードで勝手にお金を引き出している」
相続手続きを進める中で、このような「遺産の使い込み」の疑惑が浮上することは、残念ながら少なくありません。相続開始後の遺産は、遺産分割まで共同相続人の共有関係に置かれるのが原則です。特定の相続人が、他の相続人の同意なく、自己の利益のためにこれを費消した場合には、返還請求等の対象となる可能性があります。
このような不正な使い込みによって失われた遺産は、決して諦める必要はありません。法的な手続きを踏むことで、取り戻せる可能性があります。
この記事では、相続財産の使い込みが疑われる場合に、その調査方法と、使い込まれた財産を取り戻すための具体的な法的手段について解説します。
「遺産の使い込み」が疑われる典型的なケース
以下のような状況が見られる場合、遺産の使い込みがあった可能性を疑う必要があります。
被相続人の生前
- 同居していた、あるいは財産管理を任されていた相続人が、被相続人の預金口座から、生活費とは考えにくい多額の金銭を、頻繁に引き出している。
- 被相続人が高齢で、認知症などを患っており、正常な判断能力がなかった時期に、多額の出金や不動産の名義変更などが行われている。
- 財産管理をしていた相続人が、他の相続人に対して、通帳や収支の記録を見せるのを頑なに拒む。
被相続人の死後
- 被相続人が亡くなった直後(金融機関が口座を凍結する前)に、預金がまとめて引き出されている。
- 遺産分割協議の場で、特定の相続人が主張する遺産額が、想定より著しく少ない。
使い込みの証拠をつかむ!調査の進め方
使い込みを追及する上で、何よりも重要なのが「客観的な証拠」です。「使い込んだに違いない」という推測だけでは、法的な請求は認められません。
Step 1:金融機関から「取引履歴」を取り寄せる
これが全ての調査の出発点です。被相続人名義の預金口座があった銀行や信用金庫などの金融機関に対し、相続人として「取引履歴(預金入出金明細)」の開示を請求します。
ポイント
- できるだけ長期間(不正が疑われる全期間、最低でも過去10年分)の履歴を取り寄せましょう。
- 複数の金融機関に口座があった可能性も考え、被相続人の郵便物などから取引のあった金融機関を洗い出します。
Step 2:取引履歴を精査し、「使途不明金」を洗い出す
取り寄せた取引履歴を丹念に確認し、不自然な出金や、高額な出金をリストアップします。
チェックポイント
- 被相続人の生活レベルに見合わない、高額な出金はないか。
- 被相続人が入院していたり、施設に入所していたりして、自分でお金を使える状況になかった時期の出金はないか。
- ATMでの出金の場合、その支店は誰の生活圏内にあるか。
Step 3:使い込んだ疑いのある相続人に「使途の説明」を求める
洗い出した使途不明金について、財産を管理していた相続人に対し、具体的な使途を説明するよう求めます。そして、その説明を裏付ける領収書や請求書などの証拠の提出を要求します。
この段階で、「親の生活費や医療費に使った」といった反論がなされることがほとんどです。その説明が、被相続人の当時の状況(入院費、施設利用料、介護費用など)と照らし合わせて、妥当なものかどうかを冷静に検証する必要があります。
使い込まれた遺産を取り戻すための2つの法的手段
相手方が使い込みを認めず、返還に応じない場合、法的な手段を用いて返還を求めることになります。主な法的根拠は以下の2つです。
① 不当利得返還請求
これは、「法律上の正当な理由なく、他人の財産や労務によって利益を受け(受益)、そのことによって他人に損失を及ぼした(損失)」者に対し、その利益を返還するよう求める請求です(民法703条)。
ポイント
正当な理由なく預金を引き出し自己のために取得したことを立証できれば、返還を求めることが可能です。もっとも、相手方が「本人のために使った」「本人から贈与を受けた」などと反論することが多いため、出金時期・使途・本人の判断能力等を具体的に整理する必要があります。
② 不法行為に基づく損害賠償請求
こちらは、「故意または過失によって、他人の権利または法律上保護される利益を侵害した」者に対し、それによって生じた損害の賠償を求める請求です(民法709条)。
ポイント
こちらの構成では、相手方の「故意・過失」や損害との因果関係を立証する必要があります。その分、立証のハードルは上がりますが、事案によっては遅延損害金や弁護士費用相当額の一部を請求できる余地があります。なお、財産的損害とは別に慰謝料が当然に認められるわけではありません。
請求から回収までの流れと、立ちはだかる壁
- 話し合い(遺産分割協議): まずは遺産分割協議の場で、証拠を示して使い込みの事実を指摘し、返還を求めます。使い込んだ額の返還や、遺産分割上の取得額で調整する合意を目指します。なお、使途不明金が当然に特別受益となるわけではないため、贈与か無断費消かを区別して整理する必要があります。
- 調停・審判: 話し合いがまとまらない場合は、家庭裁判所に「遺産分割調停」を申し立てます。
- 訴訟: 遺産分割手続きとは別に、地方裁判所に「不当利得返還請求訴訟」などを提起して、裁判所の判断を仰ぎます。
立証の難しさという壁
使い込みの追及で特に困難なのが、立証の壁です。相手方からは、以下のような反論が予想されます。
- 「本人の許可を得て引き出した。頼まれて届けただけだ」
- 「本人の生活費、医療費、介護費用などに充てた」
- 「生前にもらったものだ(贈与だ)」
被相続人本人が亡くなっている以上、これらの反論が嘘であることを証明するのは、決して簡単ではありません。当時の被相続人の判断能力、生活状況、医療・介護の状況などを他の証拠(カルテ、介護記録など)から明らかにし、相手方の主張の矛盾を突いていく、緻密な作業が必要となります。
時効という壁
使い込みの返還請求権にも時効があります。
- 不当利得返還請求: 使い込みの事実を知った時から5年、または使い込み行為の時から10年。
- 不法行為に基づく請求: 損害及び加害者を知った時から3年、又は不法行為の時から20年。
まとめ
相続財産の使い込みは、大切な家族を失った悲しみの中で、さらに相続人間の信頼関係を破壊する、根深く、解決が困難な問題です。感情的な対立に陥りやすく、当事者同士での解決は難しいと言えるでしょう。
使い込みの疑いを抱いたら、まずは冷静に、客観的な証拠である「取引履歴」を取り寄せることから始めてください。そして、その証拠を手に、できるだけ早く、相続問題に強い弁護士に相談することが、解決への一歩です。
弁護士は、証拠の精査、法的な主張の組み立て、そしてあなたの代理人としての冷静な交渉を通じて、あなたが受け取るべき正当な相続財産を取り戻すためにサポートします。
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